摂理人である俺の器がミジンコである件について

"1.5mm"

 

この数字が示すのは
ミジンコの体長であり、また俺の器のデカさだ

 

 

最近アメリカに来てからよく感じることが

「アメリカ人は、あんまりThank youって言わないな。
さては俺が日本人だからって舐めてるな?失礼極まりない民族だ。
カリフォルニアロールは寿司じゃないって何回言ったらわかるんだ。」

 

ということ

反対に日本は心では思ってなくても

「とりまありがとう言っとけ文化」

が存在する

だからアメリカに来てから
自分が相手に対して良くしたことに対して
何も感謝がないことに不満を持っている自分がいた


しかし日本での表面的な儀礼に対してウザさを感じていた自分もいたために
「お母さんに悪口を言った後にお手製ハンガーグを食べて素直に美味しいって言えないくらいの渋さ」

に苛まれている昨今である
でも摂理人である俺が目標にする
キリストの考え方は全く異なるスケールなのだ

亀に喩えるならばこんな感じだ

 

キリストの考え方は

・自分によく接してくれる人に対してよく接するのは当たり前で
むしろ自分に対して悪口を言う人こそ愛しなさい

・求めるのではなく与えなさい

・隣人を心から愛しなさい

カリフォルニアロールが寿司だと言われても怒らず胸ぐらを掴まず
寿司というものを握ってあげる

 

誰であったとしても
愛することのできる人間になりたいなぁ。。。

to be continued...