摂理戦士だってストレスは溜まるので休暇は必要である

PM4:37  アメリカ合衆国カリフォルニア州のとあるビーチ
摂理人 Wattはいつものスタバを片手に佇んでいた

今日は授業もPM4時に終わり少し時間に余裕がある
やることは目の前にも山積みだし

多分右を見ても左を見ても上を見ても下を見ても
山積みだろう

これを人は『チョモランマ積み』と言うのか、否か
しかしやる気がしない

さてそんなレイジー摂理人は
むさくさした気分を晴らしたい衝動に駆られた

どこに行こうか

そうだ、あそこへ行こう
(「そうだ、奈良へ行こう」のパクリであることは察してくださいまし)

 

摂理戦士たるもの、休暇は必要である

ある者は車を借りてドライブへ
ある者は戦友と銭湯へ
ある者はひたすら食べ放題へ

世間一般でいう『ストレス発散』より幾分か健康であることは
休憩中でも摂理人だという自覚による部分が大きい

 

私の日本にいた頃の癒しといえば

六本木や青山のカフェ(主にスタバ)にMacBookを開きに行ったり
戦友と油そばを食べに行き銭湯に行ったり
ジムでひたすら汗を流したり

すこぶる健全な大学生の遊戯を愉しんでいた

 

専らカリフォルニアに来てからは

山に行って3時間くらいひたすら走りまくるトレイルラン
ビーチへ日の出や日没を見る

など少しばかりロマンチストな自分に陶酔している

 

というわけで今日もいつもの行きつけのビーチへ行くことになった

私の通う大学から車で20分ほどの距離にあり
いわゆるパーティーとかをわんさかやってるビーチではなく
隠れ家的なひっそりとしたビーチだ

 

ビーチに到着し
ひとまずスタバに行きドリンクを頼む

スタバは店内に入った瞬間に勝負が決まる
今日は少し物憂さ気な表情で店員に挨拶
店員もそれを察したのかあえて私から視線を反らす

次の瞬間聖霊の感動が下った

キャラメルマキアート

私の考えでは『カフェモカ』だったが神の考えは異なる

 

そしてスタバを片手に
砂浜を一人で限りなくゆっくりとしたスピードで歩く

そして太陽が地平線の彼方へ沈むのを見るのを見て私は考える

「嗚呼、神様が創造した万物に比べ私の悩みや心配がどれほどちっぽけなものなのか」

スケールが違う

日々生活する中で
私たちは様々に不安心配などを抱えながら生きていく

摂理人だとしても大なり小なり悩みくらいある

しかし私は牧師先生から『なぜ人が生きるのか』
人生の最も根本的な問いの答えを学んだ

それ以来もちろん悩み不安はあるが
『人が生きる目的』の問いに比べたらそんなものはミジンコくらいのものだ
(ミジンコは私の器である)

 

それに気付き私は自分のちっぽけさに呆れながら
一人笑った

『くすっ』

 

そして私は砂浜で大声で神様を賛美するのであった
少し恥ずかしい気持ちを抑えながら

「アメリカ人だから日本語なんてわかりっこない
いや、もしかしたらバイリンガルがいるかもしれない」

などと人の目線に捕らわれながらも
神様を賛美するのであった

 

嗚呼、スタバが美味しく飲める一日が永遠い続くことを今日も願う