摂理人の私が福祉の現場で生死と向き合って感じること

こんにちは。ゆうりと言います。社会人です。摂理人です。

ここで記事を書くお話をもらったとき、すぐにokの返事をしたのですが、
よくよく考えて「さて、何を書こう…汗」としばらく考えてました。

私自身は、いたって普通(他のブロガーの方々の個性に圧倒)
特に目立った経験も特技もなく、
興味を持って読んでくれる人がいるのかしら、と思いながら。

普通に学校に通い、必死こいて部活して、受験勉強して、大学4年間過ごして、就職して、転職して、今。
あんまつかみどころないなあと。

まあでも、何より伝えたいことは、
本当に楽しく生きてます。

でも人間なので、つらいことも、うまくいかないことも、傷付くこともたくさんあります。
職場の先輩からは耳を疑う嫌味を言われることも多々。。

しかし私が摂理にいる理由は、単なる「慰め」があるからではなく、

むしろ「現実」と真実に向き合えるから。

全ての自分の行いに目的と理由を見出せるから。

理論派の私には最高です。
そんな具合です^^

普段の私の生活はというと、ほぼ仕事かな…って思います。社会人なので当たり前ですが。汗

土日祝も出勤あるので、そんなときは平日休みもらいながら。

福祉のフィールドで働いています。

よく「介護してるの?」と言われますが、違います。

福祉=介護のイメージってやっぱり根強いですね。

いろーんな職種があるので、福祉の業界で働いているという人には具体的に仕事内容を聞いてみてあげてください^^

私の仕事はありとあらゆる高齢者の相談業務です。

直接本人に会い、生活空間である自宅に出向きながら、実態把握。

内容次第で、必要な機関に繋ぎつつ支援します。

本当にいろんな人がいます。
何の変哲もない家のドアを開けたら人が生活しているとは思えない光景が広がっていることもあります。
認知症、虐待、権利擁護、障害、地域支援、etc。

一人の人間が、在宅で自力で生きられない時を迎えている現実。

私もまだまだ経験不足な身分なので、分かったようなことは絶対に言えませんが、

誰一人として決して将来人事ではない現実です。

自分の倍以上も生きてこられた方々を前にして、緊張感は常につきもので。

自分の選択がその人の人生を左右する。

人の人生を踏み台にして、自分は成長させてもらっている。

それを忘れて仕事をしては絶対にいけないと思っています。

そして確かなことは、
目の前の人々は間違いなく人生の最後を生きていること。

摂理にいると、どうしても避けられない考えがあります。

「この人にとっての本当の幸せは何か」
楽しみなんてない
むなしい
早く迎えが来ないのか

そうつぶやき、残されたときを、ただ過ごす人たち。

かと思えば、死ぬ直前に流してもらう音楽まで長い時間かけて考えている方もいらっしゃいます。
利用者の死を目の前にすることは珍しくない。そんな業界。

「死」に対する人の概念は、推測をこえることはできません。

しかし私たちは「死」を見据えて仕事をするしかありません。

その人の権利を守るため、望む生活を実現するため、

必死になってできる限りの支援をしますが、

限界のある「死」の概念の中で、さらに各個人の考え方の中で、

死に至るまでの人の人生を支援するということは、

よくよく考えたらおそろしいことだなと思います。

そうだからこそ、人生について、死について。

日々深く教えて下さる牧師先生の言葉に、

正面から向き合う必要のない人はいないと思います。どんな立場の人であっても。

なんか初回から重苦しい内容になってしまった気もしますが、汗
まあいいですよね。

とにかく、そんな世界に、私は身を置いています。
職場も遠いので、正直本当に毎日つかれますが、
毎日笑顔で過ごしています^^

学ぶことも、考えることも、得ることも、とても多い日々。
この場所で最後まで、精一杯頑張りたいなと^^

私の普通で平凡な生活を通して、少しでも皆様の心に残るものがあれば、幸いです。

ありがとうございました^^