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書籍紹介「たった一人の熱狂」見城徹の生き様が強烈過ぎて鼻血出そう

はじめに

最近読んだ本の中でこんなに強烈だったものはないと思います。

いや、こんなに強烈な人はそうそういない。

NewsPicksや東洋経済などいろんな場所で見かける幻冬舎社長の見城徹

「圧倒的努力」「野心は豚に食われろ」

等のパワーワードで人を引きつけることがうまい人ですが、僕は初めて見城さんの本を読んで、それがはったりでも表面的なものでもなんでもなく、この人の内側から出てくる言葉そのものなんだとわかりました。

好き嫌いは分かれると思いますが、彼の本を読んで刺激を受けない人はいない。そう思います。

僕はエンジニアですし、とてもロジカルです。いわゆる体育会のエモい感じではないです。

でも彼の言葉はマグマのように僕の心に流れ込んで、沸き立たせる。本当に言葉の力を持っている人だと思います。

 

そんなマグマのようなこの「たった一人の熱狂」を今回ご紹介したいと思います。

見城さんの言葉に触れるのが一番雰囲気がわかると思うので、引用が多くなる気がします。

見出し一覧

仕事に熱狂する

◆何かに入れあげなければ天職には出会えない
◆学歴なんか関係ない
◆なぜ仕事に熱狂するのか
◆他人ができないことをやれ
◆結果が出ない努力に意味はない
◆トレーニングで心身をいじめろ
◆ひと休みなんかするな
◆自分には何ができるか悩み抜け
◆売れない本に価値はない
◆自己検証、自己嫌悪、自己否定なき所に成長なし
◆1日の始め方と終わり方

圧倒的結果を出す

◆心に決めた人を裏切るな
◆無知を武器にしろ
◆純血と純粋は熱狂の根源だ。それに「企み」が培養された時、大ヒットが生まれる
◆会議室から飛び出せ
◆嫉妬されるな。おごり高ぶるな
◆言葉を獲得しろ
◆己の名を上げろ
◆一撃必殺のキラーカードをつかめ
◆癒着に染まれ
◆異物を呑み込め
◆人たらしになるな。「人さらい」になれ
◆正面突破を恐れるな
◆小さなことこそ真心込めろ
◆GNOは絶対死守
◆安目を売るな。やせ我慢しろ
◆スランプに浸かれ
◆結果が出たらゼロに戻せ
幻冬舎の挑戦
◆後継者を決める

起業は甘くない

◆経営者の孤独は絶対に解らない
◆現実と格闘しろ
◆編集バカの経営哲学
◆理念なんかいらない
◆リスクのない転職なんかない

切なさを抱えて生きる

◆故郷・清水氏への郷愁
◆死ぬまで正面突破
◆野心なんか豚に食われろ
◆金が全てだ
◆騙されても騙すな
◆無名の人の重みを感じる
◆幸せの定義
◆親孝行先に立たず

トップを走り続ける男たち

◆宇宙人のような男の闘い
◆信用できる男の深さ
◆最後の親友

淋しくなければ恋愛じゃない

◆善悪を突破するような恋をしろ
◆恋愛が下手なやつに仕事はできない

人生を豊かにする遊び・買い物・食事

◆ゴルフの奥深さに浸かる
◆麻雀で運を鍛える
◆絵画の魔力
◆戦闘服のこだわり
◆買い物の極意
◆至高の和食店
◆ワインの悦び

もう見出しだけでお腹いっぱいですねw

トークアプリの755が舞台になった「たった一人の熱狂」

そもそもこの本ができたきっかけは見城さんの755のトークなんですよね。

 

芸能人や著名人とLINEのようなインターフェースで会話できるっていうのが売りで、一時期めちゃめちゃCM流してたのでご存じの方も多いかと思いますが。

アイドルとか若い子がほとんどの中で60半ばの超ストイックな社長がアカウントを持つこと自体異質な感じはしますねw

755を作った堀江さんと藤田さんと交流が深かったこともあり頼まれて始めることにしたそうですが、彼は中途半端なことは絶対にしない人なので

本業を抱えて忙しい中、僕ほど755と真剣に向き合っている人はいないだろうという自負がある。いつしか僕の755は、ユーザーと見城徹によるガチンコの人生問答と化していた。

となっていき、更には書籍にもなるという。

ユーザーへの回答として発信した、彼の人生哲学、美学みたいなものが詰まってます。

見城徹が繰り返し訴える「圧倒的努力」の重要性

彼のいくつかのキーワードの中でも一番あるのがこの「圧倒的努力」って単語ではないかなと思います。

でもただ頑張れって意味じゃない。そこには彼の中での哲学がきちんと込められている。

そしてそれを実際に体現している彼の前では「努力をしている」「頑張っている」と口にするのすらはばかられます。

大手だとか給料が良いだとかは関係がない。これなら日本一になれるということを突きつめるべきだ。

事実上、編集者としても出版会社の経営者としてもトップと言える見城さん。でも裏には圧倒的努力の積み重ねしかないと言います。

圧倒的努力とは何か。人が寝ている時に寝ないで働く。人が休んでいる時に休まずに動く。どこから手をつけたらいいのか解らない膨大なものに、手をつけてやり切る。「無理だ」「不可能だ」と人があきらめる仕事を敢えて選び、その仕事をねじ伏せる。人があきらめたとしても、自分だけはあきらめない。

もう究極的な根性論なのか、一周回って効率的なのかわかりませんが、これが圧倒的努力だというのです。

また、「社内で嫉妬されるのが気になる」というユーザーに対しては

大した差でもないのに注目されるから、人から焼きもちを焼かれて嫉妬されるのだ。有無を言わせない圧倒的な差をつければ「あいつの仕事には誰もかなわない」と周囲の目はあきらめに変わる。

と言う。なんとも爽快で、豪快で、正々堂々とした勝負の方法なのだろうかと感心します。豪胆な人です。

事実彼は角川書店の売上年間ベスト10のうち毎年7割くらいは彼が担当した本が占めていたそうです。そんな圧倒的な成果を出すからこそ、月400万円近い経費を使っても誰を文句は言えなかったんだとか。

そして圧倒的努力の結果手にいれたポジションだとしても安住することなく、ゼロに戻して挑戦し続けるのが見城徹という人間です。

「まあいっか」という言葉は、絶対に呟きたくない。「まあいいか」を否定し続け、自分に打ち克ち、日々初心に帰るのだ

僕も「まあいいか」とつぶやくことをやめにします。

見城徹のすべての熱狂の根源は「死への恐怖」

ではなぜ彼がそんなに圧倒的努力を重ね続けられるのか。

みんな圧倒的努力をしてみたいと思ったりはするのに、いざやろうとすると99.9%くらいの人はできません。

僕も例外ではないし、彼のモチベーションの源泉がどこにあるのか気になりました。

「なぜそこまで仕事に熱狂できるのか」とよく聞かれる。僕の場合は、死の虚しさを紛らわせるために他ならない。

人間に共通している原則はたった一つだけ。それは生まれたら、必ず死ぬということ。

程度問題はどうあれ、死に対する恐怖や虚しさをまったく感じたことがない人はいないと思いますが、彼ほどに毎日それを感じ、紛らわせようとしている人はほとんどいないでしょう。

死を宿命づけられた生の虚しさを紛らわせるために、僕は子どもの頃から常に何かに入れ込んできた。そうでもしなければ、死への虚しさに押し潰されそうになって、居ても立ってもいられなかった。僕はとてつもなく臆病な人間なのだ。

要するにいずれ来る「死」の恐怖や虚しさに耐えられないから、それを忘れたいだけなのです。

実はホリエモンもそうです。

 

メディアではあんな感じで上から目線でキレキレの発言をたくさんしていますが、彼も小学校の頃から死への恐怖と闘って、だからこそあれだけ仕事に熱狂しているそう。

堀江さんの書いた『ゼロ』からの抜粋ですが

僕は死を忘れるために働き、死を忘れるために全力疾走し、死を打ち消すために生を充実させていたのだ。

と本当に同じことを綴っています。

忙しい時には自分が死ぬという厳然たる事実に向き合う必要はなくなりますからね。

僕はこの死への虚しさが見城さんの根本にあるから、個人的にとっても共感ができる一方で、本当にかわいそうで、不器用な人だとも思ってしまいます。

「義理・人情・恩返し」見城徹の人間関係のスタイルはこの3つに尽きる

彼はGNOは死守しろと言います。かっこいい英単語の頭文字でもなんでもなく「義理」「人情」「恩返し」なんだとかw

GNOをごまかしたか、ごまかさなかったかは、自分が一番よく知っている。GNOに生きるのは疲れるが、同時に清々しい。義理と人情と恩返しを、重んじてたとえ損をしたとしてもそれに殉じたい。

うーん、男ですね。かっこいい。もはや任侠道ですね。

そのためにも安目を売らないことを徹底しているんだそうです。

つまらないことをやたらと人に頼まない。そのかわり、人の重要な頼みは全力で引き受ける。これが僕なりの「安目を売らない」という意味だ。

なんともまあ、ほんと疲れる生き方をしてますよね。しかしかっこいいな。

見城徹の生き方を根本的に変えた衝撃的な事件

見城徹を語るには欠かせない、彼がいたるところで口にするエピソードがあります。

それはテルアビブ空港乱射事件。

日本赤軍の奥平剛、安田安之、岡本公三イスラエルのロッド国際空港で乱射事件を起こしたというもの。

真意と事実はどうなのかはわかりませんが、見城さんは彼らをこう表現しています。

アメリカやイギリスのせいでパレスチナの人々は自分たちが住んでいた場所から追い出され、難民キャンプに追いやられる。こんな矛盾を許してはいけない。戦うべきだと決意した彼らは、命を投げ打って信念の道に殉じた。

彼らは決意に満ちた瞳でロッド国際空港に降り立った。後に続く革命運動を思い描きながら、現実という踏み絵を躊躇なく踏み抜いた。

共同体の善悪はさておき、覚悟を決めた人間の心情が胸を打つ

そんな風に彼らを評価する一方で自分のことを

僕も一度は、矛盾に満ちた世の中の仕組みを変えようと夢見た。だが、いくら高邁な観念や思想、理念を描いたところで、実行に移さなければ何の意味もない。何の価値もない。僕がやっていた学生運動など、所詮は観念の遊戯に過ぎなかったことに気付いたのだ。奥平たちの事件は僕の人生を一変させた。こうして僕は、21歳の時に生き方を変えた。僕如きが軽々に革命を口にするのは申し訳ないと思ったのだ。もう革命とは決別しよう。偽善はやめよう。自分が否定し続けてきた資本主義の世界で、徹底的にのし上がってやろうと決めた。

こう振り返っています。

そしてこの章の最後には

偽善者でいるよりも現実を阿修羅の如く生きるという道を選択した。その僕に退路はない。死ぬまで正面突破で突き進む。ただ、闘うのみである。しかし、死んで行った奥平たちの闘いに比べたら楽なものである。

と締めています。

文庫版のあとがきにもこのエピソードは出てきます。この事件のことを忘れたことは1日もないんだと。

いつも奥平剛士たちに対して拮抗できない自分に自己嫌悪がいっぱいなんだそうです。

豪胆で、臆病で、必死で、不器用で、かっこいい

こっからは僕の見城さんに対して思っていることを書きます。

僕はこの人がとても好きです。

なんでかなーと思ったら、「生」と「死」に本気で向き合っているからだと思うんです。

ストイックな経営者はいっぱいいますし、彼らの成功本を読んで刺激を受けることもたくさんあります。

でも多くの人はそういう本を読んでも「それはあんただから成功したんだよ」とか思うんです。

でも見城さんの場合、その一言一言の重みがはっきりと違うし、この人は成功の方法を語っているのではなく、人生との向き合い方を語っている。

世の中で成功する方法も大事なのかもしれないけど、僕はそんなことより自分がどう死ぬのかがよっぽど大事だと思っています。

見城さんはそこに小さい頃からバカ正直に生きてきたし、自分が思う本当に理想的な「正義のために死ぬ」ような生き方に憧れる一方で、そうできない自分もはっきり認識しています。

ただ「成功したから俺の方法でやればできる!」って言っている老害のようなおじさんではありません。

自分の理想がはっきりしていて、そこに向かって圧倒的努力を重ねる一方で、毎晩細かいことでクヨクヨ自己嫌悪して、時には死への虚しさで布団の上で涙を流す。

人生に対して諦めをしなかった人なんですね。現実と向き合い続けた人。本当にかっこいい。

最後に

僕は摂理の人ですが、ファウンダーである牧師先生は本当に神様だけに熱狂した人なんだなぁとこの本を読んで思いました。

聖書がわからないからって2000回もあの分厚い本を読みますか。

真冬の雪山にこもって飢えを耐え忍びながら一人で祈りますか。

戦争から帰ってきて得た報奨金を教会を立てるために全部使いますか。

ただ、ただ、神様に熱狂したんだなぁ。僕もその何万分の1くらいは神様に熱狂したいと思う。

見城さんが編集者で牧師先生の本を出したら本当にすごいモノができる気がするんだよなぁ。僕の野望として持っておきたい。

ちょっと話がそれましたねw

なんかモンモンとしている人
刺激が欲しい人
抜け出せなくてもがいている人
飛躍したい人

それぞれに刺さる言葉があると思うので、ぜひ見城徹の言葉を書物で確かめてみてください!

これは結構な数の周りの人におすすめした本です。

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